中東呼吸器症候群 (Middle East Respiratory Syndrome:MERS)

感染症法:二類感染症

概要

2012年に初めて確認されたMERS-CoV(MERSコロナウイルス:Middle East respiratory syndrome coronavirus)による肺炎などの呼吸器症状を主症状とする感染症である.中東地域のラクダが感染源である.中東で感染が散発し,この地域を訪れた人が帰国して発症するケースがある.人から人への感染はほとんどみられないので,各国における感染拡大は起こらない(韓国のケースを除く).致死率は30~40%とされているが,既存の監視システムでは感染者が見逃されている可能性があるので,過大に見積もられている可能性がある.日本では患者が発生していない.

疫学

2012年9月,中東地域へ渡航歴のある英国の重症肺炎患者から本ウイルスが発見された.MERSは散発的に発生するので正確な疾患統計情報が得にくいが,2023年10月に発行されたWHOのレポートによると,これまでに2,608人が感染し,938人が死亡している(致死率36%になるが見逃されているケースがあると考えられている).2020年以降は感染者が少ないという傾向がある.MERS感染患者が報告されている国は27に及んでいるが,感染者は中東の国々に集中している.その理由には中東のヒトコブラクダが感染源であることが挙げられる.2013年と2015年にWHOは「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」の指定を検討したが,国際的な緊急事態ではないとして却下された.韓国では2015年にMERSのエピデミックが起こっている(感染者数186人,死亡者数38人,致死率20%).日本での発生はない.

感染経路

MERSコロナウイルスを保有するヒトコブラクダとの濃厚接触が主な感染経路である.医療機関における人から人への感染も報告されているが限定的な感染経路である.一般には人から人へ感染は成立しにくい.

保有動物

中東地域のヒトコブラクダ

病原体

コロナウイルス科,オルトコロナウイルス亜科,ベータコロナウイルス属,メルべコウイルス亜属に属するMERSコロナウイルス(Middle East respiratory syndrome coronavirus)が原因である.

動物における本病の特徴

症状

ヒトコブラクダでは無症状か軽度の呼吸器症状を示す.また,ヒトコブラクダと同じラクダ科のラマにおいても感染が報告されている.接種実験ではアカゲザルやアルパカにも感染する.

潜伏期

実験的には1週間から2週間であるが,自然感染における潜伏期は不明である.

診断と治療

日本では現実的ではないが,感染動物の咽頭拭い液等からRNAを抽出してPCRを実施する.

予防

中東を訪れたときにヒトコブラクダとの接触に気を付ける.ワクチンはない.

法律

感染症法では二類感染症に指定されている.獣医師は,臨床的特徴,血清学的状況又は疫学的状況からヒトコブラクダ又はその死体がMERSにかかっている疑いがあると診断(検案)した場合は,直ちに最寄りの保健所への届出が義務付けられている.

人における本病の特徴

現在の日本の状況では感染源となる動物が存在していないので,MERSの発生は極めて起こりにくい.近年,中東では感染者数は減少しているが,中東を訪れる際には十分に注意すべきである.

症状

発熱や咳,息切れ等の症状で始まり,急速に肺炎を発症する.しばしば呼吸管理が必要になる.下痢,腎不全などの多臓器不全,敗血性ショックを伴う場合もある.高齢,糖尿病,腎不全等の基礎疾患を持っていると重症化リスクが高まる.

診断と治療

38℃以上の発熱と急性呼吸器症状を呈し,肺炎やARDS等の実質性肺病変が疑われ,発症14日以内にMERSの発生が確認されている地域に渡航や居住していた場合(ヒトコブラクダとの接触歴も考慮)には,MERSのPCR検査を実施する.検査材料は鼻腔・咽頭拭い液,鼻腔吸引液,喀痰等である.MERSが確定されたら対症療法を行う.

予防

MERSが発症している地域においては,咳やくしゃみの症状がある人との接触を避ける.その地域ではヒトコブラクダとの接触を避ける.ワクチンはない.

法律

感染症法では二類感染症に指定されている.診断した医師は保健所への届出が義務付けられている.

(2024年3月作成)

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