コリネバクテリウム・ウルセランス感染症 ( Corynebacterium ulcerans infection )

概要

近年,ジフテリア様症状を呈した患者よりCorynebacterium ulceransC. ulcerans) が分離され問題となっている.わが国においては2018年1月15日に初めてC.ulceransの感染による死亡例が報道された.患者は60歳代の女性で猫からの感染であった.一般に,ジフテリア様の臨床症状を呈する人のC.ulcerans感染はまれで,飼育猫・犬等から検出されることから人獣共通感染症の起炎菌とされる.

疫学

C. ulceransは,牛や馬などの家畜の常在菌であり,さまざまな動物が保有している.主として牛の乳腺炎を引き起こす細菌と知られている.そのため,人のC. ulcerans感染はもともと未処理の牛乳や乳製品の摂取や牛との接触による感染だったが,最近では,犬や猫などからもC. ulceransが分離されている.

2001年,国内における人C. ulcerans感染症が初めて報告されて以来,2017 年11 月末までに国立感染症研究所で確認した症例は25例で,そのうち19症例が公表されている.

2009年に厚生労働科学研究班による各自治体における犬・猫のC. ulcerans保菌状況調査が行なわれた.その結果,保菌率は数%から10%弱であった.動物愛護施設に収容された犬─犬間でC. ulcerans感染が報告されている.また,国内の実験用カニクイザルからもC. ulceransが分離され,なかには,血清中にジフテリア抗毒素を保有していた.

感染経路

ヒトのC. ulcerans感染症では,従来までの家畜,乳製品等ではなく,犬,猫と言ったペットを感染源とする症例が増加している.国内では,これまでの症例のうち大部分が,ペット (猫)からの感染である.今までのところ,野生動物から人へのC. ulceransの感染は報告されていない.

保菌動物

犬,猫のコンパニオンアニマル,牛,ラクダなどの家畜,猿,リス等の野生動物などの多くの動物が保菌している.

病原体

Corynebacterium属菌は,2023年10月現在 list of prokaryotic names with standing in nomenclature (LPSN) に241 菌種 16 亜種が記載されている.そのうち,医学細菌学上重要な菌種は,ジフテリア症の原因菌であるC. diphtheriae group (gravismitisintermedius),ジフテリア毒素産生能を有するC. ulceransC. diphtheriaeの近縁で,ジフテリア毒素を産生する遺伝子を保有している可能性があるC. pseudotuberculosis,尿路感染菌のC. urealyticum,乳腺炎の膿汁から分離されたC. kroppenstedti,口腔内または咽頭部に常在しているC. pseudodiphtheriticum,皮膚や粘膜上に存在し常在細菌叢を構成するC. jeikeiumC. resistensC. striatumなどが挙げられる.

動物における本病の特徴

C. ulceransは, 牛,馬,ラクダなどの家畜やリス,サル類などの野生動物の病原体として古くから報告されている.しかし,近年では,多くの人の症例において,飼い猫や犬からC. ulceransが分離されている.

症状

犬・猫などペットの症状も人間と同じように,咳やクシャミ,鼻水,眼脂等の風邪様の症状,皮膚炎,粘膜の潰瘍などが見られる.しかし,無症状の保菌動物の存在が報告されている.

潜伏期

確かな潜伏期間は不明である.

診断と治療

臨床観察だけで本症の確認は困難である.

病原体の分離・検出には,咽頭や鼻腔,皮膚炎などからスワブ等で採取した検体を,5%羊血液加寒天(BHIA)培地,亜テルル酸塩加血液寒天培地などの選択培地で培養する.DSS 培地による糖分解性状のスクリーニング,カタラーゼ試験及びウレアーゼ試験等の細菌学的性状検査を実施した後に RapID CB Plus system(KKアムコ,極東製薬工業KK),API CORYNE TM (シスメックスKK)の生化学的試験により最終的に同定する.毒素産生性は,PCR,Elek法,細胞培養法などで確認する.

治療には,抗菌薬(エリスロマイシンまたはクラリスロマイシン等のマクロライド系)を2週間ほど投与する.

類症鑑別

特に猫の慢性鼻炎症状を呈する疾患に注意を要する.また,クシャミが止まらず鼻炎がかなり強い症状が出る難治性のウイルス性の鼻気管炎(FVR・カリシ及びFIV)や仔犬などのマイコプラズマ症など.

予防

飼い猫や犬などのペットは野良猫などとの接触を避ける.

飼育している犬や猫が咳やクシャミ,鼻水などの風邪様症状,皮膚炎,皮膚や粘膜潰瘍などを示したときは,早めに獣医師の診察を受けるようにする.

動物の適正飼養管理(ノミ,ダニの駆除,糞便を適切に処理等)を実施する.

法律

特に規制されていない.

人における本病の特徴

2001年から2017年11月末までの症例25例のうち,大部分は高齢者である.

海外においては,乳房炎や関節炎に罹患した牛の生乳からの感染が主であったが,最近では,わが国と同様にペットからの感染が多く,患者の大部分は高齢者である.なお,人から人への感染事例は,国内では報告がなく,国外においても,非常にまれである.多くの症例は軽快するが,時には重症化し死亡するケースもある.

症状

潜伏期間は2~5日.

呼吸器感染が多く,その他に皮膚病変や頸部リンパ節腫脹などの症状を呈する.感染初期は,発熱や鼻汁等,風邪に似た症状を呈し,その後,咽頭痛や咳などとともに,扁桃や咽頭などに偽膜形成や白苔を認める.重篤になると呼吸困難により死亡することがある.

人において上気道症状のみならず,下気道感染や偽膜形成による非典型的な呼吸不全を呈しうるという認識が,医療従事者並びに獣医師にも必要である.

診断と治療

二類感染症であるジフテリアと類似した症状を示すため,特にジフテリアとの鑑別が重要となる.

病原体の分離ならびに同定は,動物における本病の特徴の診断と治療と同様である.

なお,C. ulcerans による感染が疑われた場合は,都道府県を通じて国立感染症研究所で検査が可能である.

治療には,マクロライド系抗菌薬 (エリスロマイシン,アジスロマイシン,クラリスロマイシンなど)が推奨される.

検査材料

鼻咽頭と咽頭ならびに上咽頭偽膜からスワッブにて採取する.また,リンパ節内部より壊死部・膿汁様排出液をスワッブにて採取する.

予防

C. ulcerans感染症は,生命が脅かされるほど重篤になることは少ないので,過度に神経質なる必要はない.

犬や猫と触れ合った後などは,手洗いやうがいなどの日常生活での予防と同様,犬,猫には節度ある接し方が肝要です.なお,無症候の保菌犬・猫が存在する報告がされているため,ペットとのキスや口移しで食物を与えるなどの濃厚なスキンシップなどは危険な愛玩行為なので避ける.

DPT3種混合ワクチンやDPT-IPV4種混合ワクチンはC. ulcerans感染症に対しても有効であると言われているので,特に免疫力の低下している高齢者などに対しては重症化を防ぐために接種すると良い.

法律

感染症法上の届出疾患ではないが,本症例を診断した際には都道府県等に連絡し,都道府県等は厚生労働省に連絡することが通知されている.

英国などいくつかの国ではC. diphtheriae によるジフテリア症と同等の扱いとなっている.

(2024年3月更新)

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