ハンタウイルス肺症候群(Hantavirus Pulmonary Syndrome,HPS)

感染症法:四類感染症

概要

ネズミを介したハンタウイルス(Hantavirus)の感染により,非心臓性肺水腫を伴う呼吸不全による死亡率の高い(約40%)急性呼吸器感染症である.本症は腎症候性出血熱と同様にネズミなどのげっ歯類の間で維持されているオルソハンタウイルス属による人獣共通感染症である.

疫学

1993年アメリカ中西部のナバホ族インディアン居留地における小流行で初めて見つかったもので,1993年〜2011年の間に600弱の発生例が確認され,毎年30名程の患者と10数名の死亡者が出ている重要疾病である.また,2013年までに南アメリカで4,000 名以上の HPS 患者が報告されている.なお,1993 年の米国での HPS の多発は気象変動(エルニーニョなど)により,ネズミの餌が豊富となりネズミが増え,ヒトと感染ネズミとの接触機会が多くなったためと言われる.なお,昆虫,愛玩動物や家畜を介しての伝播はない.ヒトーヒト感染はないとされるが,1996年にアルゼンチンでヒトーヒト感染による流行が確認された報告が1例がある.幸い,日本には,HPSのウイルスを保有する齧歯類は生息していないため発生は報告されていない.

感染経路

感染したネズミの排泄物のエアゾル化したものを吸引したり,汚染したものを口に入れたり,直接ネズミや排泄物,唾液などとの接触がおもな感染経路である.ネズミに咬まれる等の経路でも感染する.

保菌動物

ハンタウイルスは野鼠などのげっ歯類を自然宿主とする,ウイルスは終生持続感染する.

病原体

ハンタウイルスはブニヤウイルス目ハンタンウイルス科に含まれるRNA型ウイルスで,現在まで,25の血清型若しくは遺伝子型に分類されている.下記に,主なHPSウイルスの自然宿主(げっ歯類)と地理的分布を記す.

動物における本病の特徴

ハンタウイルスは,各々のウイルスに対して1種類の自然宿主との1対1の関係が存在する.そのため,自然宿主の生息域にそれぞれ異なるウイルスが分布している.

症状

感染げっ歯類では高い中和抗体価が産生されるが,全く無症状で病変は示さない.高い中和抗体価を維持しながら,肺や多くの臓器の実質細胞や血管内皮細胞を中心に持続感染し,ウイルスを排出する.

潜伏期

自然宿主であるげっ歯類は症状を示さないため不明.

診断と治療

蛍光抗体法やELISA法などにより抗体の検出,PCR法によるウイルス遺伝子を検出する.

治療は行われない.

予防

野生のげっ歯類に対する有効な予防策はない.海外からの物流に対して検疫の強化によって日本へのシカシロアシネズミなどの野生齧歯類の侵入を防ぐ.

法律

感染症法の四類感染症に定められているが,動物における届出義務はない

人における本病の特徴

腎症候を伴わない急性の呼吸器症状を示し,死亡率が40〜50%と高い人と動物の共通感染症である.

潜伏期

1〜2週間.

症状

発熱,悪寒,頭痛,筋肉痛,悪心,嘔吐,下痢および眩暈が出現し,引き続いて,非心臓性肺水腫と低血圧を示し,急激に呼吸不全に陥り,ショック状態となる.

診断と治療

白血球増加,血小板減少,異型リンパ球の出現などが見られる.血清アルブミンの低下,BUN, Cr,LDH,トランスアミナーゼの上昇などが観察される.免疫蛍光法やELISA法によるIgM・IgG抗体の検出,RT-PCR法によるウイルス遺伝子の検索,免疫組織学的検査による各臓器や血管内皮細胞のウイルス抗原の検出が行われる.

治療は対症療法で,呼吸困難,低血圧,ショックに対する集中治療が必須である.リバビリンが投与されているが,効果は不確かである.本症は,集中治療が必須であるため早期に高度医療施設に搬送する.

類症鑑別

レジオネラ肺炎,マイコプラズマ肺炎,肺ペスト,A型インフルエンザ,野兎病などとの鑑別が挙げられる.

予防

ウイルスに汚染したげっ歯類の生息地には近寄らない.わが国への侵入/蔓延が危惧される人獣共通感染症のため,流行地(南米・北米)に旅行する場合には,現地の情報をチェックするとともに,手を洗うなどの自己の衛生管理に心がける.

法律

感染症法の四類感染症に定められているので,診断した医師は直ちに最寄りの保健所への届出が義務付けられている.

(池田 忠生)

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